2007年05月04日

粉瘤(アテローマ)が初めて出来た(1)

粉瘤が最初に出来たのは、大学生の頃の話だから、今から20年以上前のことだ。
私は東京の中央線スジのトイレ台所共同、風呂なしの四畳半のアパートに住んでいた。ある日、右目の下とゆーか右の頬の上のあたりにグリグリした塊を発見。なんだこれは、と思いつつ観察していると、日々大きくなっていく。どんどん巨大化し、枝豆くらいの大きさになってしまった。もっとでかくなって「人面瘡(じんめんそう)」にでもなったらいやだなと思い、すぐ近所(歩いて40秒)にあった診療所に行った。

ぼろい建物のその診療所は、中に入ると、なぜか壁に共産党のポスターがいっぱい貼られていた。

診察室に通されると、人のよさそうな男性医師が、この「できもの」は、中に垢つーか「豆腐のカス」みたいなもんが詰まっているのよ、と語り、ベッドに横になれと言われた。

医師は、おもむろにメスでスパっと切り裂き、ガーゼをあてて、ちからまかせに中身を搾り出した。クスリを塗られ、絆創膏を宛てられて、治療終了。

この「おでき」は、悪性のものではないけれど、袋が皮膚の下にあって、そこに垢がたまるのよ。いま、その垢を絞りだしたけど、
絞っただけで、まだ袋は、キミの皮膚の下にある。きっとまた膨らんでくるから、そのときは手術をしたほうがいいね。
ここでは手術はできないから、上手な女医さんを紹介するよ。といわれたのであった。

このときわたしは、「粉瘤」とか「アテローマ」という名前をしらなかった。ただ「脂肪のかたまり」と呼んでいたような気がする。

粉瘤(アテローマ)が初めて出来た(2)に続く。


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粉瘤(アテローマ)が初めて出来た(2)

診療所の先生のおっしゃったように、同じ部分(右の頬の上部分)が膨らんできた。診療所で紹介状を書いてもらい、山手線の中にある駅の近くの大きな病院の皮膚科へ行った。

手術日を決め、その手術当日。
診察台に寝かされ、中央に穴があいた緑色の紙をほっぺたに貼られた。穴から「おでき」がのぞく仕組みだ。女医さんはなれた手つきでオレのほっぺたに麻酔注射。最初のひと針は痛かった。
数箇所麻酔薬を打ち込まれ、麻酔が効いているのを確かめると、メスで皮膚を切り裂き、中身の袋を破らないように、周りの組織を切りながら取り出そうとしているのがわかる。

とれた。

液体の入ったビンに、切り取られた組織は入れられたようだった。
その後、針と糸で切り裂かれた頬を縫う。自分の身体を縫われるのは初めての経験だった。薄いガーゼ状のものを貼られ、その上から、防水性のあるシールをべたっと貼られた。

風呂に入るなといわれたので、数日間、銭湯へいけなかった。
患部をぬらさないように、台所で、頭だけ洗った記憶がある。
数日後、抜糸。糸をチョキンチョキンと切り、切り離された糸を1本ずつ引っこ抜いていく。ちょっと痛い。

これで、初めての粉瘤アテローマ)体験は終了。
このときもまだ、粉瘤とかアテローマという言葉はしらなかった。

その言葉を知るのは、この数年後、社会人になってからだ。

「粉瘤はなんでできるの」に続く


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